2026/07/31
積み重ねてきた18年
dotto
デュエル・マスターズ
Display Your Memories

「物に魂が宿る」という言葉があるように、デュエル・マスターズが歩んできた25年の歴史にも数多のプレイヤーが築いた魂、そして思い出が宿っている。
一枚一枚のカードにはプレイヤーと出会ってから今日までの戦いの歴史そのものが思い出として残っているのだ。
今回の企画「Display Your Memories」では、25年前のデュエル・マスターズリリース当初から遊び続け、2017年には日本一の座を手にして尚現役で最前線に立つデュエマの生き証人とも言えるdottoにお越し頂いた。
“魔王”dottoはその25年の歩みの中で何を思い出として選んだのか。
■dotto
黎明期からデュエル・マスターズに触れ続け、2014年頃にはその後環境TOPとなるデッキを幾つもビルドし、下馬評では弱いとされていたカードで発売日に優勝を果たして世間の評価を一変させたことも。
また、競技シーンで選手としての活躍も目覚ましく、2015年時点でのCS優勝回数は最多、その強さを以てDMPランキングが始まった2017年度に、当時は上位3枠だったランキングでの日本一決定戦出場を決めるに至る。
ランキングで出場した日本一決定戦2017では、当時革新的だった《Dの牢閣 メメント守神宮》型の【火光水ドギラゴン剣】で優勝し日本一となった。
その後もコンスタントにDMGP入賞や日本一決定戦出場を続け、いつしか彼はその強さから“魔王”と呼称された。
2026年現在はYouTubeチャンネル『けみくろ放送局』での演者に加え、公式プロリーグやショップスポンサードといった方面で目覚ましい活躍を遂げている。
過去、現在、そして未来。デュエル・マスターズと共に歩み続けるdottoに、今回は自身の“思い出”をこれまで戦ってきたカード達と共に振り返って貰った。

■思い出との再会
──本日はdottoさんにお越し頂きました。よろしくお願いします。
「本日はよろしくお願いします。」
──開始早々で恐縮ですが、まずは今回PSAに預けていただいたカード達との再会となります。
「おぉ、懐かしいというか、今回自分で選んだものではあるんですけど、エモいですね。自分はトーナメントシーンに長く居る人間ということもあり、今回は懐かしいカードを中心に選ばせて貰いました。」
──私がdottoさんを知るきっかけのカードも多くあり、私自身も懐かしい気持ちになりました。
──それでは、思い出のカード達をショーケースに、是非ご自身の手でお収めください。
「これ…真ん中に何を置くのかがとても悩ましいですね。」
「いやー、そうだね。やっぱり競技シーンで結果を残したカードが良いな。」

──いかがでしょう、ショーケースに収まったカード達をご覧になって。

「全体的に古いというか、懐かしいカードが多い事もあって思い出は甦りますね。」
──これら5枚のカードを選ばれた際は、懐かしさといった感情はありましたか?
「そうですね、使った当時の大会に想いを馳せながら選ぶことができました。」
──このショーケース、改めて見るとすごくカッコ良いですよね。
「カッコいいですね…! 遠目で拝見していたんですけど、お洒落すぎます。」
──それでは本題の方に移るのですが、今回こちらの5枚を選ばれた理由を伺ってもよろしいでしょうか。
「思い出のあるカード自体はめちゃくちゃ多くて、チョイスが難しくて最初は10枚から悩んでいました。そこからまた悩みに悩んでの5枚となりましたね。競技シーンに触れ始めたのが2008年頃だったのですが、そこから2019年頃までのカードを今回はチョイスしました。2020年以降のカードももちろん思い出はあるのですが、より愛着のある、個人的なターニングポイントとして思い出を作ってくれたカードという選び方ですね。」
──それではカード毎に個別の思い出について伺っていこうと思います。
■パラダイス・アロマ

──今回選んで頂いた5種のカードのうち、《パラダイス・アロマ》だけは理由が見当もつきませんでした。
「先ほど、2008年から競技シーンに足を踏み入れたと話したんですけど、その当時中学生だった自分が戦国編当時に初めて自分の信念、考えていた事が間違っていなかった事を証明してくれたのがこの《パラダイス・アロマ》でした。」
──自身の信念を貫き通してくれたカードですか。
「個人的に《フェアリー・ライフ》が嫌いという事を色々な場所で話しているのですが、実は中学生のころから嫌いだったんですよね。そのせいで当時はインターネットで叩かれていたりはしていたのですが、それでも当時のネットのレーティングでは3位以内をキープしていました。」
──実力でねじ伏せていますね…!
「そのつもりでした。実際に勝っていましたし、間違ってないとも思っていたのですが、当時の環境では【ネクラギャラクシー】という《フェアリー・ライフ》基盤のデッキが凄く人気で、当時のエリア予選でも4/7で優勝する実績を残していました。しかし自分はそれより【ドロマーギャラクシー】というエリア予選で2か所で優勝していたタイプの方が好みでした。」
「環境を俯瞰して見た際に役割が多いのはこちらの方で、【ネクラギャラクシー】は環境に対してふんわりとした役割しかなくて、どんな環境にも持ち込めるという訳ではありませんでした。それなら結局ピンポイントで役割のある【ドロマーギャラクシー】の方が良いよね、という事で当時はこの【ドロマーギャラクシー】と殴りながらコントロールができる【水闇グランド・デビル】を好んで使用していましたね。」
「《フェアリー・ライフ》をなるべく使わずに、なるべく左右されないゲームを作るのが好きでした。とはいえ【ネクラギャラクシー】が大流行していて、そんな中でこれに確実に勝つデッキというのは前述の2つを含めても存在していませんでした。それならば【ネクラギャラクシー】にガン有利なデッキを自分で見つけ、自分で大会での結果を出して環境を制圧したいと考えたんですね。ただ、先に殿堂発表※されてしまい《雷鳴の守護者 ミスト・リエス》が殿堂入りしてしまいました。」
※制限カードの発表。昨今の発表ではデュエマ界隈がお祭り騒ぎになる。
──【ネクラギャラクシー】のキーカードですよね。
「当時はもう《雷鳴の守護者 ミスト・リエス》が大流行していて、これを除去する為に《クリムゾン・チャージャー》と《獅子幻獣砲》といったカードも流行していました。そういった事もあって出した《雷鳴の守護者 ミスト・リエス》を軸にするデッキ自体が不安定だと考えていたんですよね。そんな【ネクラギャラクシー】に対して、今回選んだこの《パラダイス・アロマ》を採用した【水火速攻】というデッキがめちゃくちゃ強いという事に、《雷鳴の守護者 ミスト・リエス》が殿堂発表されてそれが施行されるまでの間に気が付きました。」
──ちなみに、【水火速攻】の火文明の要素は何が採用されていたのですか?
「《凶戦士ブレイズ・クロー》だったり《ボルカニック・アロー》、《JK軍曹チョキパン》だったりですね。《襲撃者エグゼ・ドライブ》が入っていたような気もします。どちらかというと水文明の要素が強いデッキではありましたね。オフラインの今でいうCS規模の大会でこの《パラダイス・アロマ》が採用された【水火速攻】で優勝する事が出来ました。」
──信念を貫き通し、優勝したというのはカッコ良いですね...!
「見たか!ネットの連中見たか!という思いでした。」
「その後、ネット大会の方でも【ネクラギャラクシー】が使える最後の3大会で3連続決勝を達成し、旧環境を締めくくる事が出来ました。これによって自分の考えが間違ってないことを示せたという事が中学時代の思い出ですね。」
──まさしく《パラダイス・アロマ》はアイデンティティともいえるカードですね。
「当時は“君は、なぜ人生でフェアリー・ライフを撃たないのか。”と言われていましたが、その当時から自分は 何か違うな? と思っていましたね。」
──今回グレーディングしていただいた《パラダイス・アロマ》ですが、グレーディング済みの《パラダイス・アロマ》というのは現状世界で1枚しかありません。
「あははは! そうですよね!《パラダイス・アロマ》をグレーディングに出す人はそうそういないでしょうからね。」
──伺った時は衝撃的でした。
「自分の中ではその当時使っていたのが【水闇グランド・デビル】【ドロマーギャラクシー】【水火速攻】で、その中から何をグレーディングに出すかは悩んだんですよね。《不滅の精霊 パーフェクト・ギャラクシー》もかっこいいですし、この中で1番好きなのも《不滅の精霊 パーフェクト・ギャラクシー》ですから。ただ、やはりオフラインの大会で使っていないと思い出というには違うなと思いました。やはり自分と共に歩んでくれた1枚をという事で当時使用した《パラダイス・アロマ》を今回出させてもらいましたね。」
当時中学生ながらにネットの世界で強者だったdotto、しかし世間の流行と反した考えを持っていたことで孤独を感じていたことだろう。
しかしそれを憂うことなく、大きな実績で見返すという手段で世間に自身の正しさを証明して見せた。
“魔王”dottoの強さの片鱗は2008年というはるか昔から見えていたものだったのだ。
■極・魔壊王 デスゴロス

──この《極・魔壊王 デスゴロス》、実は筆者がdottoさんを認知するきっかけとなったカードです。
「当時の自分は環境を動かそうという事だけに力を入れていました。自分で作った環境を作って壊して作って壊して、という事をしていたんですよね。」
──当時の【光単天門】なんかもdottoさんが作ったものだと記憶しています。もしかして、この《極・魔壊王 デスゴロス》を主体とした【闇単ヘルボロフ】はこれを倒す為でしたか?
「そうなんです、当時《音感の精霊龍 エメラルーダ》+《奇跡の精霊ミルザム》の基盤が初めてCS優勝を飾ったのも自分の手によるものでした。しかし、これが流行してしまい、その数か月後ではありましたがその当時リリースされた《極・魔壊王 デスゴロス》にポテンシャルを感じ、これを使うためにCSに向かいました。制作当初は《鎧亜の咆哮 キリュー・ジルヴェス》を絡めて突撃するタイプで組んでいましたね。」
──その後、環境を支配することになるコントロール型にシフトしていったのでしょうか。
「そうですね、序中盤はコントロールして最後は盤面で突撃する想定で構築していました。しかし調整している際に、《極・魔壊王 デスゴロス》のもう一面である《極・魔王殿 ウェルカム・ヘル》を2枚着地させた際のゲームの作り方が今までにない物だという事に気が付きました。」

「攻撃した際に2体踏み倒すというのが当時としては画期的で、これを悪用できると考えました。具体的には、まずシールドを1枚ブレイクした後に《龍覇 ニンジャリバン》で攻撃し、その際に《特攻人形ジェニー》でブレイクしたシールド分をハンデスし、もう1枚の効果で《学校男》を踏み倒して攻撃中の《龍覇 ニンジャリバン》と《学校男》自身を破壊するというアタックキャンセルの動きがこの《極・魔壊王 デスゴロス》の登場で初めてできるようになったんですよね。当時はこのアタックキャンセルという概念が存在していませんでした。」
──今となってはお馴染みのフィニッシュ手段ですよね。
「この1枚ブレイクしてハンデスするという動きがとても強いと考え、《鎧亜の咆哮 キリュー・ジルヴェス》が不要という事に気が付きました。完全にコントロールしてじわじわと相手を追い詰めるいやらしいデッキが出来上がり、これを大会に持ち込みました。その日の大会は午前午後の2部制だったのですが、午前はTOP16で敗退してしまい、悔しいので午後もリベンジで臨んだら優勝する事が出来ました。自分と共に考えていた友人が別の地域だったこともあり、会場で《極・魔壊王 デスゴロス》を使用していたのは僕だけでしたね。」
──異世界転生のような話ですね。
「今では考えられない話ですが、最強カードを自分1人が使っている感覚でした。」
──それ、めちゃくちゃ楽しそうですね。
「これ、本当に楽しかったです。当時、【オプティマスループ】を研究されている方がいて、その方と対面した際も先攻4ターン目に《爆霊魔 タイガニトロ》が着地してゲームが終わったりもしました。」
──大型ハンデスに非常に不利ですしね。その当時はそもそも早期の大型ハンデスを早急に切り返せるデッキは少なかったと記憶しています。
「優勝した後もこの【闇単ヘルボロフ】を流行させたいと考えていましたが、実際に流行してTier1になってくれましたね。」
──押しも押されもせぬ2015年度のトップデッキだったと思っています。
「その後もまた別のデッキでこの【闇単ヘルボロフ】を破壊する事になるのですが…」
──《伝説の禁断 ドキンダムX》採用型の【レッドゾーン】ですね…!
「当時《伝説の禁断 ドキンダムX》の言われようは散々でしたが、これもまた下馬評を覆す事が出来ました。自分で作った環境を壊すという楽しさに気が付けた大学生時代を象徴する思い出のカードとして《極・魔壊王 デスゴロス》には感謝しています。」
破壊と再生、世界が繰り返してきた輪廻転生の理を“魔王”dottoはデュエル・マスターズの競技シーンという場で実践してみせた。
本来、人間の手には負えない理を支配する様こそ“魔王”の称号に相応しい。
“魔王”dotto伝説はまさしくここから始まった。
■ベイB・ジャック

──この《ベイB・ジャック》について、dottoさんは伝説的な逸話を持っていると存じます。
「当時のランキング初年度は全国大会への参加枠が上位3枠でした。正直言うとこれは現実味が薄かったですね。いつも通りCSには出るとは言いつつもそれを狙って参加するものでは無いと考えていました。」
──そんな中、dottoさんはこの《ベイB・ジャック》を用いた【光自然メタリカ】で4週連続優勝を成し遂げました。
「4週連続優勝したのは2017年10月31日からだったのですが、実はその前にDMGP5hで【光自然メタリカ】を使用していました。その時はまだ《無限銀河ジ・エンド・オブ・ユニバース》がリリースされていませんでした。」
──《古代楽園モアイランド》+《界王類絶対目 ワルド・ブラッキオ》でのフィニッシュなんかも見られたような時期でしたね。
「そんな中、自分は《赤攻銀 マルハヴァン》+《気高き魂 不動》でのフィニッシュを狙う型を使用していました。しかし、これでは当時流行していた【光水ロージアダンテ】に時間内で詰め切れず勝っているのに時間切れで両敗してしまう事がありました。実際にGPではこれで勝ち確定にも拘わらず両敗に巻き込まれる苦い経験もしました。この経験から、対戦相手に投了してもらえると思うな、時間内に終わらせられる構築で挑めという戒めを得る事にはなりましたね。とはいえ、このGPがあまりにも悔しくて悔しくてたまりませんでした。「こんな強いデッキで負けたままでいられるか。こんなに強いデッキには出会ったことが無い。」という思いでCSに出て、その最初の大会でまず優勝する事が出来、ここから4週連続で優勝しましたね。」
──当時は数こそ増えたものの今と比べるとまだCSが少なかったこともあり、今の尺度に直すとほぼ毎日優勝に近しいものだったと考えています。そういった事情もあり、この《ベイB・ジャック》は全国大会への切符となった1枚だと考えていました。
「間違いありません。この《ベイB・ジャック》が無ければ全国大会を目指す事はありませんでしたね。ここで《ベイB・ジャック》と共に4週連続で勝ったからこそ全国大会に参加ができましたし、目指すきっかけとなりましたね。CSに出ていてこれまでで最も勝率を稼げたデッキタイプだったのも思い出深かったですね。普段、100戦以上同じデッキで戦うことは余りないのですが、この《ベイB・ジャック》は100戦以上戦ったのにも関わらず勝率8割を超えていましたね。」
──8割ですか⁉ そんな数字聞いたことないですよ。
「100戦以上で8割は滅多に出ないです。強いと呼ばれるデッキタイプでも6割くらいが強いデッキだと思っていて、7割は本当に凄いという認識です。8割は本当にこの【光自然メタリカ】だけでしたね。後に使って強いと感じていた【火水マジック】ですら7割台でしたからね。」
後に詳しく語るが、2017年度は完全にdottoの年であった。
4週連続優勝という偉業を成し遂げ、のちに伝説となる全国大会2017への参加権利を手にする大きな要因となったのがこの《ベイB・ジャック》だったのだ。
“魔王”伝説の最も大きな転換点が、ここだ。
■Dの牢閣 メメント守神宮


──この《Dの牢閣 メメント守神宮》ですが、このカードこそdottoさんの代名詞だと考えています。
「《ベイB・ジャック》は全国大会に導いてくれたカード、そしてこの《Dの牢閣 メメント守神宮》は全国大会を勝たせてくれたカードです。しかし、この《Dの牢閣 メメント守神宮》は恐ろしい事に全国大会2017年の2日前にはデッキに投入されていなかったんですよね。とんでもない話ですが、前日に採用する事になりました。」
──4投のカードを前日に投入とは、本当に凄い。元々は《閃光の守護者 ホーリー》ですか?
「元は《閃光の守護者 ホーリー》で調整していて、【火水ドギラゴン剣】と心中するつもりでした。自分は大阪在住なのですが、ともに調整していた友人から《Dの牢閣 メメント守神宮》の話を聞いたのは東京に着いた後、前日の昼間でした。《Dの牢閣 メメント守神宮》を持ってきてもいませんでした。当時、《Dの牢閣 メメント守神宮》自体は環境に合ったカードだとは思っていて、別で調整していた【火闇ドルマゲドン】で採用していたんですよね。それこそ、先ほど話した友人と全国大会の1週間前位に議題に上ったのですが、それでも【火水ドギラゴン剣】に採用するという発想はありませんでした。」
──全国大会直後の世間は《Dの牢閣 メメント守神宮》の話題で持ちきりでした。
「前日に《Dの牢閣 メメント守神宮》の案を聞いてシミュレーションをしたところ、この《Dの牢閣 メメント守神宮》はどう考えても強いという結論になりました。《閃光の守護者 ホーリー》はシールドに居ないと仕事をしませんが、《Dの牢閣 メメント守神宮》は引いたら《異端流しオニカマス》が突破できるようになりました。他にもブロッカーを突破したりと、役割は多岐にわたっていました。」
──《光牙忍 ライデン》なんかは《Dの牢閣 メメント守神宮》の採用を受けてのものだと考えていました。
「そうですね、《Dの牢閣 メメント守神宮》をプレイするための光マナのかさましという側面もありました。」
──半日でそこまで構築を練り上げるとは...
「そうですね、全国大会の前日に中々こんな事起こらないと思います。【火水ドギラゴン剣】のプレイは事前に完成していて、《Dの牢閣 メメント守神宮》を入れた状態でのプレイも脳内で補完する事が出来ていました。」
──人事を尽くした結果とも言えますね。
「これで同型には負けないという状態になり、絶対にいけると思いました。3人で調整していて、1人は出ずにもう1人は同じ大会に出場する方でした。ですので、こいつ以外に負けないだろうなと思っていましたね。結局準決勝で当たってしまうのですが…」
──あの準決勝は今でも名勝負として語り継がれていると記憶しています。実際に卓についたときはどの様な思いだったのでしょうか。
「いや、もうやるしかないな、と。勝った方が優勝だとは思っており、実際準決勝の反対ブロックで試合をしている方はどちらも予選で当たって《Dの牢閣 メメント守神宮》で倒しているんですよね。【火水ドギラゴン剣】を使用していた方と当たった際も実際《Dの牢閣 メメント守神宮》で切り返しているのですが、試合が終わった際に「これ、勝てないですよね?」と聞かれましたが「勝てないです。」と答えました。そういった背景もあり、これ勝ったら優勝だしやるしかないなと。」
「覚悟は決まったんですけど、お互いに《Dの牢閣 メメント守神宮》入りのミラーは数試合やった程度しか履修出来ておらず手探りの状態でした。後に《Dの牢閣 メメント守神宮》が流行した際《Dの牢閣 メメント守神宮》の地獄のような貼り合いをしたと思うのですが、それを準決勝の土壇場でやらされたというのは今思えばエグいですね。試合展開的には《Dの牢閣 メメント守神宮》が絡んだせいで時間が伸びてしまい、自分が今ここで覚悟を決めてジャスキルに行かなければ確実に盾差で負けてしまうという判断で飛び込みました。ただ、このジャスキルも《Dの牢閣 メメント守神宮》か《光牙忍 ライデン》がシールドから見えると負けていました。いやぁ、ヒリつきましたね。対戦に勝って、初めて泣きました。決勝の方には申し訳ないんですけど、勝てるというのは互いにわかっていたので、準決勝で涙が出ました。」
──そういった意味でもやはり《Dの牢閣 メメント守神宮》には特別な思いがありますか?
「小学生の時から夢に抱いていた日本一を叶えてくれたカードです。」
日本一。カードゲーマーなら誰しも夢見るその称号を“魔王”は掴んで見せた。
2008年に競技シーンに飛び込んでから9年が経った。信念を通し、環境を作り替え、伝説を作った先にそれはあった。
人事を尽くした先に待っていたのは、死の哲学の名を冠したD2フィールド。盤面の命を支配して夢にまで見た日本一の座をその手中に収めた。
だが、“魔王”の伝説は終わらない。
■ジョット・ガン・ジョラゴン

──dottoさんの《ジョット・ガン・ジョラゴン》と言えば、全国大会2018で使用されていたのが印象深いですね。
「自分はプレイヤーとしての日本一というものを夢見ていて、それを叶えてくれたのは《Dの牢閣 メメント守神宮》でした。ただ自分は【闇単ヘルボロフ】がそうだったように自分でデッキを組むのが大好きなんですよね。日本一になった時は自分で組んだデッキではなかったのが気にかかっていて、そこに絡んでくるのが《ジョット・ガン・ジョラゴン》という訳です。」
──日本一となってからのアフターストーリー的な意味合いを感じました。
「プレイヤーとしての日本一は叶ったので、ビルダーとしての日本一を獲りに行くつもりで【ジョラゴン】を構築しました。その時の全国大会ではギラサキさんとランディーさんと調整していました。」
──当時は【零単ジョラゴン】が主流かつ最強というイメージだった中で【零自然ジョラゴン】を使用されたのは意外でした。
「【ジョラゴン】自体は1番強い、これは【零ジョラゴン】も含めてそう考えていました。しかし、どうしても安定感に欠ける部分があるのがネックでした。ですので、これに自然を足して安定感を上げたら最強じゃないか?という考えに基づいています。この【零自然ジョラゴン】はdotto史上最も長く秘匿したデッキでしたね。」
──ということは双極編第3弾で自然のジョーカーズが登場したタイミングから構想があったということですか?
「発売間近の秋頃から構想がありました。CSで1度使用したのですが、その時はかなりの手応えを感じつつも本戦で敗退してしまいました。その当時の環境には最適ではなかったのも事実で、全国大会まで一旦寝かせようという事になりました。その後全国大会前に再び【零自然ジョラゴン】に目を向けると、環境に【チェンジザドンジャングル】や【零ジョラゴン】などの有利なデッキだらけであり今なら行けるぞということで調整を再開しました。その後1度大会で確かめる必要があると感じ、見られても問題ないようにピン投を増やしてリストの特定を避けてCSに参加しました。」
──※4.8倍のCSだったと記憶しています。
※デュエル・マスターズのCSは25人から開催可能で、人数ごとに入賞時に付与されるptが増えていく。50~99人参加の1.2倍をベースに100人~199で2.4倍、200~399人で4.8倍といった具合になる。
「その4.8倍で優勝、続くチーム戦でも準優勝とデッキの強さを再確認しつつ2019年度のランキングに向けて大きな大きなスタートダッシュを切る事が出来ましたね。しかも、これでしっかり勝てた事で全国大会は絶対に行けるぞという確信も得ました。その後ギラサキさんがこれを使ってくれて、なんと優勝してくれました。」
──ギラサキ選手の試合は日本一を決める決勝戦もそうでしたが、特にベスト8のvs【火水覇道】戦が特に印象深かったです。
「【火水覇道】に当たっちゃったんですよね...!どうしようと思って2人でインターバルに話していました。 」
──トリガーした《7777777》で10コストを捲って相手の《勝利龍装 クラッシュ’’覇道’’》を除去して勝利していました。
「ギラサキさんから「ごめん!ミスったけど...勝った!」と報告を受けて、勝ったなら良いよ!という楽しいやり取りもあったりしました。」
──その時のギラサキさんの姿含め、情景が浮かんできます。
「彼、めちゃくちゃ上手いんですけど【零自然ジョラゴン】を共有したのが1週間前だったんですよね。【ジョラゴン】というアーキタイプが何でも出来る事から複雑だったのもあります。ただ別に些細なミスだったと思います、致命的な物だったら負けているので。その後の準決勝、決勝は共に【零単ジョラゴン】だったので自然文明採用の利を活かして優勝する事ができましたね。」
──《ジョット・ガン・ジョラゴン》はもうひとつの夢を叶えてくれたという事ですね。
「2017年度に置いてきた、“ビルダーとしての日本一”という夢を叶えてくれました。」
──ありがとうございます。
更なる強さをひたむきに求め、課題を見つけ、次に活かす。
日本を制した“魔王”が次に見据えたのは、自身で生み出したデッキで日本を制すという事だった。
自然文明のジョーカーズが誕生してから全国大会2018が開催される3月までの半年間、数々の環境の変化を経て遂に訪れた最強の瞬間を見逃さない審美眼。
多くの経験を糧にして前年度の目標を成し遂げる事となったのだ。
《ジョット・ガン・ジョラゴン》は、魔王が完全に日本を制すラストピースとなった。
■積み重ねてきた18年

──最後の質問となります。今回の企画ではdottoさんが競技シーンに足を踏み入れてからの18年間の中から思い出のカードを選んできました。抽象的な質問となりますが、今回の企画で過去を振り返る経験は率直に言って如何でしたか?
「デュエル・マスターズはめちゃくちゃ長く遊ばせてもらっていて、実際にデュエル・マスターズに触れ始めた2003年から考えると24年弱になりますか。その長い期間遊んできた中で、自分の思いや願いを叶えてくれたカード達の事を思い出す事が出来ました。今は最新のカードで戦うデュエマ公式の企画に向き合っており、昔のカードを振り返る機会はぐっと減りました。そんな中でこういった機会をいただけたというのは、なんというか、こう、良い気持ちになりましたね。」
──以上でインタビューを締めさせて頂きます。本日はありがとうございました。
dottoが歩んできた歴史は、デュエル・マスターズの歴史そのものだ。
これまで多くの環境デッキを生み出し、その中にはリメイクされて商品化したものすらあるのだから驚きだ。
一度日本一の栄光を手にしても決して慢心せず、ひたすらに成長を続ける姿は全てのカードゲーマーの鑑とも言えるだろう。
誰が呼んだか、“魔王”という称号に相応しい圧倒的な強さの片鱗を今回の企画の中からうかがうことができた。
インタビュアー/ライター:のすけ




